友につぐ

STRIVEネタバレあり
捏造設定あり
 赤い屋根の、小さな家。
 傍には湖。湖面は陽光を受け、穏やかに昼を湛える。

 まだ肌寒い早春の事である。
 かつての動乱を露とも知らず、勝ち取った平穏は当然のように広がっている。
 ともすれば、その褒賞を軽視しかねない程に。

「ふんふふーん」

 ジャック・オーは鼻歌混じりに、家の近くにある湖のほとりで洗濯をしていた。
 衣類を積んだ籠をそのまま湖に入れ、両手は籠を掴んだまま。法術で生み出された渦が服同士を擦り合わせ、清流は泡をまとって汚染を濯ぎ、濁流は籠から出れば即座に真水へ変換される。

 争いの為ではない、日常の法術。
 ジャック・オーの細やかな幸せ。そのもう一つが、ラジオから流れてくる。

「――それでは、第███回のラジオ放送を始めます」

 緩やかな抑揚で、読み上げる。
 児童労働者の数。孤児。スラム。虐殺。重篤な病。子供兵。紛争。
 それらの数字。救われるべき人を各国に呼びかける、深く意味づけられた数字。
 昨日よりも数は僅々(きんきん)多いものの、昨年よりも数は猶々(なおなお)少ない。

 その数を零に近づけようとしているのは、飛鳥だけではない。
 カイ=キスク。レオ=ホワイトファング。ダレル。ガブリエル。ヴァーノン。チップ=ザナフ。
 各国、各地域の人々が手を取り合い、手を差し伸べたからこそ、一歩一歩着実に進んでいける。
 きっといつか、「平和」という単語は、戦争と戦争の合間ではなくなるだろう。

 燦々と光が注ぐ中、ラジオから響く友の声。
 充溢した幸福が身を包み、ジャック・オーが天を仰ぐ。

「――久しいな、ジャック・オー」

 その時。
 背後から呼びかけられたかつての声に、彼女は懐古と寂寥に感情を濡らした。

「……レイヴン」

 普通を取り繕ってみるも、浮かべた表情にはぎこちなさがあったようだ。
 硬い笑顔を浮かべるジャック・オーに、レイヴンは伏し目に苦笑する。

「私は邪魔か。すぐに去る」
「あっ、待って! お茶でもシバいていきなさいよ」

 踵を返すレイヴンのマントをつかみ、ジャック・オーは彼を見上げる。
 レイヴンは首を回し、彼女と目を合わせた。
 先程、彼女が浮かべた曖昧な表情は、拒否の意味合いではないと理解する。

 レイヴンはジャック・オーに向き直り、軽く頭を下げた。

「では、招きに与るとしよう」


 二つのカップに紅茶を注ぎ、今朝焼いたクッキーを皿に盛る。
 ほんの細やかな茶会の用意を終え、ジャック・オーは椅子に座り、開口一番にレイヴンへ問うた。

「改めて、久しぶり。
 貴方が今日来たのは、何か知らせる事があるから? それとも単に暇つぶし?」

 首を傾げるジャック・オーに、レイヴンは事もなげに返す。

「後者だ。特に用もなかった」
「そう。なら良かったわ、私も暇だったし。貴方の顔が見れて嬉しいわ」

 ジャック・オーはテーブルに肘をつき、両手の指を絡ませ、顎を乗せる。
 自然、上目がちにレイヴンを見上げるジャック・オー。
 口元を綻ばせる彼女がこそばゆく、レイヴンはフードを被り、目深く下げた。

「あーっ! 何も恥ずかしがることないじゃないの!」

 ジャック・オーが手を伸ばし、ぐいぐいとフードを上げようとする。
 レイヴンは意固地にフードにかける指を引き下げ、対抗する力でガタガタとテーブルが揺れた。

「私たち、友達でしょ? 別にそんな照れなくても大丈夫だって!」
「……っ」

「友達」という単語に反応し、フードを引くレイヴンの指が緩んだ。

 ジャック・オーがフードを脱がせ、少しだけ乱れた息を整える。
 彼女は改めて席に座り、紅茶で喉を潤した。ティーカップをソーサーに置き、レイヴンの表情をじっと見つめる。

 彼に浮かぶのは惑い。
 唇はわずかに歪み、「友達」の言葉に否定を囁く。

「違う。
 我々は『あの御方』に仕えていたという、同じ関係性を有していただけだ。
 単なる同輩であり、友人などという平和呆けした関係じゃぁないだろう」

 レイヴンは目を細め、ジャック・オーの動向を見分する。
 放たれた拒絶に、しかし彼女は目をしばたたかせ、臆する事なく踏みこんだ。

「同輩だとか同僚だとかは、まあ確かにそうね。
 でも、こうして顔を合わせたくなるくらいには、友人に近い関係性じゃないの?
 それとも、私とは友達になりたくない感じ?」

 最後の問いかけに、少しの意地悪を乗せる。

「それは――」

 反論しかけて、口が淀んだ。
 別にレイヴンとて、ジャック・オーという存在を疎ましく思いはしない。
 ただ、友人、友達という対等な関係性について、自分が築くに思う所があるのみだ。

「――ああ、そうだな。端的に言うならば、そうだ」

 友愛を断られても、ジャック・オーは表情を揺らさずに受け止めた。
 責める事もなく、彼女は微笑を携える。

「そっか。なら、それでいいわ。
 別に、私のことが嫌いって訳でもないんでしょ?」

 レイヴンの心情を尊重し、ジャック・オーが身を引いた。

「…………」

 自分で拒絶しておきながら、レイヴンはわずかに罪悪感を覚えた。

 静かな空気に、紅茶の湯気が割って入る。
 ジャック・オーはティーカップを掲げ、琥珀の湖面に揺らぎを与えた。

「作戦、計画、そして陰謀や哲学について語り合った元同輩に、乾杯」
「……乾杯」

 酒宴ではないが、ジャック・オーの言葉に釣られ、レイヴンもまたティーカップを掲げた。
 白い陶磁器に口をつけ、紅茶の風味が飽き飽きと滑り落ちる。

 一連の動作に何の感慨もないレイヴンに、ジャック・オーがクッキーを載せた菓子皿を勧めた。

「食べてみてよ、上手く焼けたんだから」
「ああ」

 飲食に頓着はない。
 美食も悪食も、とうに心は動かない。

 しかし、茶会は社交の礼儀で詰みこまれている。無為であろうとも、勧められればそれに応える。
 レイヴンはクッキーを一枚つまみ、口に運び、歯で崩し――。

「……これは、」

 気づく。

 レイヴンに変化をもたらせた事に、ジャック・オーが喜色を滲ませた。

「うん、そうよ。
 飛鳥君に教えてもらった、美味しいクッキーのレシピになるべく沿って作ったの。
 バックヤード特製……じゃないから、ちょっと味は違うかもだけれど」

 あの御方。
 以前に口にした事のある、それと同じ。

 レイヴンは喜ぶよりも前に、驚いていた。
 故郷を忘れ、由来を忘れ、あらゆるものを忘失に置き去った自分が、この味覚をはっきりと思い出せる事に。

 感覚自体に好悪はない。
 その感覚を呼び起こした事こそに価値を置く。

 レイヴンが目を見開き、ジャック・オーがまじまじと表情を盗む。
 そうして、彼女は悪戯げにつついた。

「飛鳥君のこと、未練があるでしょ」
「……そのような事はない」
「嘘つきっ」

 ジャック・オーが舌を出し、おどけるように語り出す。

「だって、せっかく世界が平和を取り戻せたのに、みんなで落ち着いて休むよりも前に、お空の上に飛んで行っちゃったんだもん。
 私だってね、もっと話したりしたかったよ。これまでのこと、これからのこと、そして何より――」

 ジャック・オーは目線を落とし、自分の胸を撫でてつぶやく。

「――アリアのことを」

 アリア。
 フレデリック=バルサラのかつての恋人。
 そして、ジャック・オーという存在をこの世界に残した、恩人。

「フレデリックには内緒にしていて欲しいんだけど……私じゃなくてアリアの方が良かったんじゃないかって、ちょっとだけ思う時があるの。
 私は、アリアの為の作り物。もしフレデリックの横にいたのが彼女だったら――もっと、彼の笑顔が増えるんじゃないかって。
 そういう、フレデリックには話せない話を、飛鳥君にしてみたかったんだ」

 ジャック・オーの指が、拳を形作る。
 彼女の目が伏せられ、レイヴンはその感傷に加わった。

「あらゆる結末には、全ての納得があるわけではない。
 だが、全てはとうに終結している。
 我等ができうる事は、受容という名の諦念だ」

 ……世界は良い方向に向かっている。多くの人間が未来をより良しと信じている。そして、それらはしっかりと数字に出ている。
 全くもって良好だ。しかしその中、彼の抱える事柄の全てが快方に向かってはいない。
 
 未だに自身が生きている事もそうであるが、今の彼の脳を占める苦悩はそれではない。
 生死よりもずっと矮小で、しかし確実な苦悩。

 その苦悩を漏らさぬように、レイヴンが表情を硬くした。

「――『もし』という仮定をいくら尽くしても構わない。
 人間が過去を記憶し、思考する以上は当然の行為だ。習性と言っていい。
 しかし、それは迷宮だ。それこそ不死の体を得ようとも――答えは得られない」

 レイヴンの遠巻きな慰めを、ジャック・オーが理解する。

「きっと、またこの事を考えちゃうだろうけど……過去と同じくらい、未来の事を考えようと思うわ」
「『あの御方』に打ち明けず、この私の戯言で溜飲を下げて良いのか?」
「良いんじゃない? でも、飛鳥君に会ったら、また同じ事は話すだろうけどね」

 ジャック・オーが感傷を薄め、目の前の人物に注視する。

「ありがと、私の悩みを聞いてくれて。
 だから、貴方の悩みも聞かせてよ」
「私の悩みなど、聞いた所で――」
「飛鳥君の事でしょ?」

 息が止まる。
 次いで、ため息を吐く。

「違う」
「ほら、また嘘ついた」

 くすくすと笑い、ジャック・オーが指をさす。

「そんな露骨な反応しちゃって、貴方って結構素直ね」
「…………」

 からかわれ、レイヴンはあからさまに不快な表情をしてみせた。
 ジャック・オーは、意固地な彼を前に、再度自分のティーカップに紅茶を満たし、レイヴンからの言葉を待った。

 麗らかな日差しが窓を過ぎ、テーブルに落ちてくる。手の甲に温度を渡す陽光がこそばゆい。
 手を擦り、ようやくレイヴンの口が動く。緩慢に、恐る恐ると。

「……私は、『友人』という存在が怖い」

 その言葉すら、怖いもののように。

 畏怖とは、そうだ。
 畏みながら恐れる。
 敬いながら怖れる。

「それは、どうして?」

 会話の流れを絶やさぬよう、そして否定はせぬように、ジャック・オーが合いの手を入れる。

「『あの御方』は、『友の言葉』を私に賜った。
 それは、つまり……安直に言えば、私を友として認めていただけたという事だ」

 深刻そうなレイヴンに、声のトーンは合わせて、ジャック・オーの喉が揺れる。

「それって、素敵な事じゃない」

 ジャック・オーはそう思う。
 だが、レイヴンはそうとは思っていない。

 それを知っているからこそ、彼女の声に否定の色は纏わせない。しかし、文意に肯定はしない。
 声色は彼に寄り添って、言葉は彼を突き放す。

 ジャック・オーの言葉を受け、レイヴンは目を伏せる。

「残酷な方だ。別れの際に、そのようなお言葉を私に残された。
 私が、その言葉を感情に馴染ませるよりも前に、手の届かない遥か高みに――」

 レイヴンが天を仰ぐ。
 天井を見透かし、天空を見据えて、天宙を見詰める。

「これまで、私を友と呼んだ人間は、いずれも必ず決別した。
 死、あるいは失望と離反。
 私が脅えるのは、ありきたりの我儘だ」

 意思の柔い箇所が微震し、神経を伝って瞳孔が微動する。

「得た物を失う事が怖い。それが、人の防衛反応よ。
 一緒にいる時間が楽しいほど、別れる時は凄く悲しい。もう友達なんていらない、なんて思っちゃうほどにね」

 ジャック・オーは腕を伸ばす。
 テーブルの向かいにある、黒い革手袋に覆われた手の甲。それにわずか指先だけ触れた。

 接触へのレイヴンの反応は、わずかに目を指に注視したのみ。
 払いのける事もなく、指を重ねる事もなく、彼は語りを連ねる。

「だが、『あの御方』の離別は、これまでのそれではない。
 死した訳でも、心が離れた訳でもない。
 単純な距離という、隔たりだ」

 宇宙空間。
 文字通りの雲上に思いを馳せる。

 飛鳥の元へは、容易には行く事が叶わない。
 万が一にも、彼に恨みを抱く人間が向かわないよう、「魔法使い」である彼は、法術的セキュリティの中で過ごしているのだ。

 偉大なる彼を想起し、レイヴンが目を遠くした。

「……対等という関係性は、私の忘失の果てにある」

 賢者として敬われた事がある。
 亡者として疎まれた事がある。
 そして従者として、仕えてきた。

 決して同じ立場ではない。上か下かに決定づけられた関係が、自分にとって自然体だった。

「私は未だ、『あの御方』を友と思えない。
 今までかしづき、尊び、仰いでいた御方を、自分と同値の存在と認められはしない」

 語り終えたレイヴンが、冷めた紅茶に舌を溶かす。
 ジャック・オーもまた紅茶を乾し、口端を(ほぐ)して案を呈する。

「そうね。でも、その友達の一歩を踏み出してみたらどうかしら?」

 ジャック・オーの提案に、虚を突かれるレイヴン。
 曖昧模糊とした「友達の一歩」という幼い語感。実体の計れない概念を、レイヴンが訊ねる。

「……どういう事だ?」

 ジャック・オーは「友達の一歩」を開き示した。

「名前で呼んであげなさいよ」
「――――」

 想定の外から飛んできた言葉に、レイヴンが固まる。
 悪戯っぽく、ジャック・オーが笑う。

「言いなさいよ、『飛鳥』って、呼び捨てで。
 あ、もちろん、『様』とか付けるのは禁止ね」

 ジャック・オーの軽妙な語り口。
 ゆっくりと、レイヴンの硬直した頭が動き出し、しかめっ面で返す。

「……それだけで、何が変わる」

 ジャック・オーがにこりと感情を転がし、なだめるように答えた。

「少なくとも、前よりは友達になれる。
 だって、『あの御方』だなんて、友達を表す言葉じゃないわ」

 正論が、思考を割る。

 友人なら、互いにその名を呼び合うもの。
 名を呼ばずに、迂遠に敬う言葉で済ますのは友と言えるものか。

「…………」

 飛鳥。
 飛鳥=R=クロイツ。

 その名は知れど、口にした事はなかった。
 例え対面であろうと、あるいはその場におらずとも、呼称する際には「あの御方」で留めていた。

 ただ、「あの御方」――飛鳥は、対等である事を望んでいるのだろう。
 ならば、自分は、どうするか。

「……『あ』……」

 一音だけを紡いでから、口ごもるレイヴン。
 ジャック・オーは、それをずっと見守っていた。

 蜜の中にいるような沈黙。
 何を鳴らすでもなく、口を空回りさせる男と、彼に温かい眼差しを注ぐ女。

 その奇妙な空間に、割り入って入るのは赤い影。

「――直接言いにいけ。名前と一緒に、『馬鹿野郎』ってな」
「……フレデリック!」

 背後から来た気配に振り向き、そこにいたのはかつて「ソル=バッドガイ」と呼ばれた男。
 フレデリック=バルサラ。救世の英雄の名と座から退き、ただ一人の人間として暮らしている。

 同居人の帰宅に、ジャック・オーが手を振って親愛を形づくる。

「いつの間に帰ってきたんだ。おかえり」

 外出の目的だったらしい、食料と機械部品を満載した籠をテーブルに置いた。
 レイヴンとフレデリックの目線が交差し、先頃の言葉の真意を訊く。

「……何の話だ?」
「裏のデカブツを見ただろ。俺はアイツの所に殴りこみに行くつもりだ」

 言われ、レイヴンは脳裏にこの家の外観を思い出す。

 小屋の裏手にあった、鉄の巨体。
 聖戦以前には活発に開発が進められていた、「宇宙船」という物体。
 その用途は想像するまでもない。遥か上空の飛鳥と会うのに必要なチケットだ。

 法術によらず、科学というアプローチでもって向かおうとする意志の鉄。

 口に皮肉を湛え、レイヴンが(のたま)う。

「ソル=バッドガイ――いや、フレデリック=バルサラ。
 名が変わろうとも、その粗暴さは変わらないな」
「テメェの辛気臭ぇツラと同じだ。人間はそんなに変わらねぇ」

 レイヴンが嘲笑し、反発した言動を取った。

「貴様の口振りでは、まるで私をあの瓦落多(がらくた)に乗せると言っているように聞こえるな」

 フレデリックは唾棄する素振りを見せ、背を向ける。
 背を向けたのは、拒否の意思表示かとレイヴンは思っていた。

 だが、

「そう聞こえなかったのなら、テメェの耳は買い替えた方がいいな」
「――――」

 遠回しに肯定するフレデリックに、レイヴンは言葉を失う。

 逡巡。脳に理解を溶かす時間を費やす。
 それでもなおフレデリックの肯定を計れず、レイヴンが警戒した。

「……貴様の目論見は何処にある?」
「何もねぇよ」

 ついと顔を反らすフレデリックに、ジャック・オーが茶々を入れる。

「そうね、『友達の友達は友達』。友達のよしみで乗せてあげるのね」

 頭をボリボリと掻き回し、フレデリックはジャック・オーを無視した。

「テメェにかけられた面倒や迷惑を忘れた訳でも、水に流そうというつもりはねぇ。
 だが、アイツに文句をつける権利くらいはある。それだけだ」

 フレデリックの物言いに、反射的にレイヴンが反発する。

「『あの御方』に文句など、そのような事は――」
「じゃあそのしみったれたツラは何だ」

 フレデリックからの指摘に、レイヴンが言葉を失う。

「俺とテメェでは、もう対立する理由は過去以外にねぇ。
 さっさと答えろ。俺の船の荷物になるか、それともこの先ずっと未練抱えて腐るかだ」
「…………」

「あの御方」への謁見。
 ジャック・オーと同じように、彼にも話したい事は山程ある。

 そして、従者としての立場ではなく、友としての立場を要する――つまりは、不躾な話題があるとすれば。

 ――私の事は、忘れてしまったのですか。

 不平。不満。
 友人だと認めたというのに、直後にこの手からすり抜けていった。

「あの御方」からすれば、知古の仲であるフレデリックに話をつければ充分なのだろう。
 しかし、それではあまりにも寂しいではないか。
 仮にも友と認めた者に、友らしい話もせずに、空の果てでラジオを開く。
 一方的に「あの御方」のお言葉を聞くのみで、私からの言葉を届かせる事ができない。

 本当に「友達」だというのなら――私に「救い」を与えずに、どうして遠くへ行ったのか。

 そんな稚児じみた我儘を胸に抑えつけ、レイヴンがフレデリックに背を向ける。

「貴様の手を借りるつもりはない」
「そうかよ」
「だが」

 体を反転させる。
 不敵な、吹っ切れた笑みを浮かべ、レイヴンはフレデリックに牙を見せた。

「私はそのような粗暴な手段は取らない。
 確かに、今の私の空間転移では、届く事なく自動解除(オート・ディスペル)されるだろう」

 それでも、と決意する。
 これまで「あの御方」に付き従い、その命に順じてきた。
 しかしこうして離れ、ただ独りの己として在って、どうするべきかという指標を無くした不安があった。

 それが、ここに決まる。

「『あの御方』の魔法を破ってみせる」

 魔法により守られた、飛鳥への到達。
 それは一種、飛鳥への「挑戦」でもあった。

 対等な友であると自覚できていないならば、対等な者であると証明する。

 レイヴンの宣言に、フレデリックが呆れたように口を開けた。

「……正気か? それこそ不可能だろ」

 フレデリックの揶揄に、レイヴンが意趣を返す。

「0%をこじ開けた男が、良く言うものだ」
「……フンッ」

 フレデリックは、「ソル」が死んだ時の事を思い出し、ばつが悪くなって踵を返した。

「それなら、せいぜい頑張んな。……テメエには、それこそ『無限』を掛ける事ができるんだろ」

 言って、フレデリックは玄関の扉を抜ける。

「――あーっ! 待ってよ!」

 ジャック・オーがフレデリックの背を追い、扉をくぐった。

「もう一人のスペースがあるなんて聞いてない! それだったら私も乗せてよ!」
「飲まず食わずのまま一週間生きられるか?」
「むー……それは……飴があるなら……」
「無理だろ」

 二人で騒がしく喋りながら、玄関の扉が閉まる。

「……客人を置いて去るとは、あまりに無礼だな」

 皮肉に笑いながら、レイヴンが席を立った。


 赤い屋根の、小さな家。
 傍には湖。湖面は陽光を受け、穏やかに昼を湛える。

 その湖面に、一枚の黒い羽根が浮かんでいた。